侍女に着物を借り、着替えれば、私はごく普通の町娘のようだった。
 そのまま侍女に案内された部屋には、見知らぬ若い男が居た。
 男は胡坐を掻いて座し、黙って庭を見つめる。その視線の先は、仄暗い混沌が垣間見られた。

郷愁の咽び



「あの御仁は?」
「真田、幸村様に御座います」

 侍女は名を告げ、さっさと私をその部屋に押し込むと、転と踵を返し去っていってしまった。
 男は私の存在に気づき、こちらを向く。
 何故武田氏の重鎮であろう真田の若君がこの屋敷に居るのかは量りかねるが、とりあえずは挨拶を、と思い、私は入り口近くで指を三本付いた。

「お初にお目にかかります。薄荷衆のに御座います」

 名乗っても、何の反応も感じられなかったので、恐る恐る、そろりと頭を上げると、真田の若君は私と同じ体制を取っていた。

「武田家家臣、真田幸村に御座いまする。今は主を失いましたが故、この屋敷に住まわせていただいております」
「…似たもの同士、という事ですね」
「…ようお生き残りになられました」
「ほんに…あなたも…」

 天目山での戦いは、私の耳にも入っている。
 武田信玄の後継である、彼の主、武田勝頼はこの地で死んだ。そしてまた、私の主も死んだ。互いに織田信長に滅ぼされ、戦国乱世の落としし運命に翻弄された武将である。

 多分、同じような気持ちなのだろう。

 私たちは顔を突き合わせただけなのに、妙な連帯感が生まれた。口角を無理やり上げて、笑いかけながら、瞳は涙が溜まってくる。二人とも、何も言わなかった。何も言えなかった。ただ悲しさと、悔しさと、郷愁の思いが、心にあるだけだった。それでも笑おうとして、でも、出来なくて、そんな中で、私たちは必死に何かを探していた。
 似たもの同士、という言葉が本当にぴったりだった。

「…幸村ーっ! ーっ! 散歩に行かねぇかー……?」

 勢いよく襖を開けて現れたのは、やはり慶次殿だった。怪訝そうな顔をしている。初対面で涙を流しあう男女を見て、普通に思えるわけが無いのだが。

「もう、自己紹介は済んだみたいだな」

 慶次殿は、私達の全てを知っている。彼は私と幸村殿の頭を撫でると、散歩へと促した。湿っぽいのはあんまり好きじゃないんでねぇ、と慶次殿は苦笑する。私たちは涙を拭い、立ち上がった。

「さぁ、仕度しな。今日はちょっくら遠出だ!」
「遠出、とは何処へ行かれるのですか?」

 幸村殿が尋ねると、慶次殿は楽しそうに言う。

「大坂の、堺城下だ!」
「さ、堺ですか?!」
「おぅ、なんか文句でもあるのか幸村?」
「い、いえありませぬが…」

 何だか後味の悪い言い方をする幸村殿を残し、慶次殿は颯爽と仕度を進める。私も些か嬉しさが出ているだろう。
 堺は孫市兄様にお会いした場所だ。もしかしたら、何か情報が掴めるかもしれない。私は頭領が遺した鉄砲「六花」と、孫市兄様の「紀州国友」の二つを持って行くことにした。兄様に、此れを返したいから。

「物騒なモン持っていくんだねぇ」
「慶次殿の矛も大概物騒です」
「…そうかい?」
「そうです」

 行くのを渋る幸村殿と共に、私と慶次殿は堺へ向かう。きっとこの散歩は慶次殿の計らいなのだろう。幸村殿には申し訳ないが、私には希望の兆しなのだ。外へ出ると、陽射しが眩しかった。夏が近い。

、ほら、こっち」
「…え?」

 馬に乗った慶次殿が、ひょいと私を掴み上げ、自分の前に乗せた。慶次殿の腕が私の腹に回る。それを見た幸村殿は幾分落ち着かれた様子で、馬を取りに走っていった。

「け、慶次殿、これは?」
「馬は二頭しかいないんでね、をこっちに乗せたわけさ」

 幸村はアンタを乗せるのは恥ずかしいんだろうよ、と豪快に慶次殿は笑う。それで渋っていたのか。だが私は堺に着くまで緊張が解けないではないか…!
 私の気持ちを知ってか知らずか、先程より明るくなった幸村殿が戻ってきた。二人が馬の腹を蹴る。速さは今まで乗った馬の中で一番速い。この分だと、堺まではすぐだろう。

 私を支える大きな手に、そっと身体を預け、初夏の風を感じた。




20081205 第一話 了




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