堺へ着くと、俄かに様子が違うことを感じ取った。
 理由は何か分からない。気のせいかと思い、私は馬から降り歩を進める。

兆し



 喧騒は以前と何ら変わりなかった。町はがやがやとしていて、商人が行きかい、往来が盛んである。私は馬を町外れに残しに行った二人を待っている。
 孫市兄様の居場所の手がかりは、以前にお会いした場所、ただ一つである。小さな手がかりでもいい。兎に角、私は孫市兄様が生きているという証しが欲しい。もう、大事なものを失いたくない。ただそれだけであった。

 雑賀が滅亡した事を頭領から知った時、私は、衝撃で言葉が出なかった。様子を見に行くと、そこにはあの雑賀は無く、墓場となっていた。頭領の話で、孫市兄様は生きていることを知って、少し安心したが、不安の方がやっぱり大きかった。

、堺へ使いに行ってくれないか?」

 火薬を買いに、私は頭領のお使いを頼まれた。久々の堺の町は、雑賀の運命など知らん顔で、人々は商いをしている。それが少し悔しかった。
 薄荷行きつけの店により、注文していた火薬を用意してもらう。その間、私はぶらりと町を歩くことにした。初めて一人きりで来た堺は、大きな町だった。歩いても歩いても、商店が軒を連ね、商人が声を掛けてくる。適当にそれを交わしながら進むと、町人屋敷街が見えた。私は興味本位でそれに近づく。

「…オイ、」

 なにかまずい事でもしたか、と焦り声のした方を向けば、そこには兄様がいた。、そう名前を呼ぶ姿に安堵したのも束の間、悲壮感漂うその姿に、どれほど心痛めた事か。兄様は私に仇討ちを願い出、そして大事な紀州国友を差し出した―――

「待たせたな」

 慶次殿と幸村殿が戻ってきた。私はあの日を思い出すのをやめる。何故なら、今日の日は、あの日に似ているから。薄荷は滅された。だがこの町の人々は何も知らないように毎日を過ごすのだ。乱世ではそれが当たり前なのかもしれない。それでも私には辛い仕打ちに思えた。

 私と孫市兄様が再会した日。
 今思えば、その日あたり織田軍の薄荷への態度が少しずつ変わっていった。依頼も、文も来なくなった。何かがおかしい。外が妙によそよそしい。そうして雑賀の惨劇の再来を確信したのだ。
――そういえば、どこかあの日に似ている。
 人々が醸し出す空気が、何か不安要素を含んでいる。そんな気がする。先程感じた違和感は、此れか?

 暫く歩いていると、慶次殿は私を引きとめた。何かあったのか、と聞いても二人は答えない。慶次殿は少し遠くに目をやった後、少し腰をかがめて言うのだった。

「俺達はちょっくら用があるんでな。明日の朝迎えに来る。さっきアンタを降ろした所で待ってな」

 私の視線に、慶次殿は微笑を返した。幸村殿がお気をつけてと言って、二人は堺の街中へ繰り出そうとしていた。慌てて目でそっちを追いかけると、二人は揃って私の方を指し示す。
 首を傾げ振り向けば、そこにいたのは孫市兄様だった。見紛う訳はない。急いで首を戻せば、もう二人は堺の町へ消えていた。

 心の中で、私は彼らに礼を言い、兄様の元へと走る。
 愛しい人との再会。今の私には、これ以上の幸せは無かった。

20081220 了
20200623 加筆修正

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